こんにちは。理系就活情報局です。
ところで、あなたはAI(人工知能)のことを、どれぐらい知っていますか?
「専攻分野はコンピュータ、情報とは違うから」という人でも、システムエンジニアリングと全く無縁ではないはずです。それは新素材の開発でも、建築・土木の構造計算でも、機器の設計でも、生産ラインの制御でも、データの統計処理でも、重要なツールになるからです。必要なドキュメントの作成や検索、海外の文献の翻訳やマニュアルの作成、コミュニケーションの道具として、それを使っている場合もあるでしょう。
それらに、ほとんど例外なく、AIは関わってきます。知らないではすまされません。
そのAIの世界に今年、突然のように現れたニューフェースが「生成AI」の「Chat GPT」です。「これは本物だ」「これで世の中は変わる」と騒がれて、メディアには「Chat GPT」の言葉があふれ、独り歩きしています。
でも、就活に臨むあなたは冷静になって、「Chat GPT」は何物なのかを現時点で可能な限り、正確に把握する必要があります。それは社会人になってからあなたが関わることになるテクノロジーの各分野をどう変えるのか、あるいは変えないのか、見極める必要もあるでしょう。
「生成AI」「Chat GPT」について簡単に説明した後、その将来性について、その活用に踏み出した具体例について、ご紹介していきます。
「Chat GPT」のインパクト
雇用、働き方など社会的なインパクトは?
いま話題の「Chat GPT」は、AI(人工知能)の一種「生成AI」の中の「対話型AI(チャットボット)」に属しています。将来、それが普及したら、私たちの仕事、雇用、働き方、生活などは、どうなっていくのでしょうか?
ちょっと古くなりますが、2016年に野村総合研究所がまとめた「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究 報告書」によると、AIで想定される雇用への影響として「雇用の一部代替」「産業間の雇用補完」「産業競争力への直結による雇用の維持・拡大」「女性・高齢者等の就労環境の改善」の4つが想定されています。
AIで自動化されて「雇用の一部代替」によって減っていく仕事がある一方で、「AIを導入・普及させるために必要な仕事」と「AIを活用した新しい仕事」という2種類の仕事の雇用が拡大すると述べられています。
また、「就労環境の改善」も、政府が進めている「働き方改革」にからんで見逃せないポイントです。
Chat GPTはそもそも、人を助けるためにあります。開発者は「企業の人減らしを促進して失業者を増やそう」とか「働く人の所得を二極分化させて格差社会を生み出そう」と思って研究していたわけではないはずです。人が行う仕事を効率化させて、仕事の生産性を向上させて、それによって人を助けよう。人の労働環境を良くしよう。そう思って開発に取り組んでいたはずです。
仕事の効率化、仕事の生産性向上で、働き方を変えたい。働く人が日々の定例業務、ルーティンワークにさかれる時間を短縮させたい。労働時間を短縮し、休日を増やし、からだを休めて英気を養える時間を増やしたい。より創造的で、生産性が高く、重要な業務にたっぷり時間をかけられるようにしたい--それは働く人の利益になり、ひいては企業の利益にもなります。
それは「働く」ことに対する価値観の変革も促すことにもつながります。
身も心も体力も時間も全てを捧げて会社にためにがんばるスタイルから、AIに任せられる部分は任せて、私生活も大切にする、家族との時間も大切にする、心の豊かさをもたらす趣味も大切にするスタイルへ。それは「ワークライフバランス」に他なりません。
「Chat GPT」初期の応用分野は?
Chat GPTを導入する前に「それを何に使うか?」が大事なのは、言うまでもありません。企業で導入されたら、まず何に使われるのでしょうか?
Chat GPTは質問したら自然な言葉で回答する「自然言語処理モデル」ですから、その機能を活かして企業に真っ先に導入されるのは、次の5つの業務だろうと言われています。
●情報収集
どんな情報を調べてほしいか具体的に質問すると、関連のある情報を収集し、それを要約して提供してくれます。人間が図書館や検索エンジンなどを使って調べると時間や労力(=人件費コスト)がかかりますが、自動的に迅速に情報収集できれば、時間とコストを節約できます。
●文章の作成
「要約ができる」のは、Chat GPTの得意技です。企業が新製品を開発し、そのスペックや特徴、セールスポイント、ライバル製品との差別化ポイントなどをもとに、コンパクトな文章で製品の特徴がわかり、購入したい意欲を引き出すような広告文を作成させることができます。
●アイデアを出す
自然な言葉で対話ができるChat GPTは、最終結果まで出させなくても、企画を考える初期の段階での人間の相談相手に起用して、対話のキャッチボールをしながらアイデアを固める、という使い方もできます。斬新な視点で意表をつく知恵やアイデアが出てくるかもしれません。
●ウェブサイトのカスタマーサポート
自然な言葉で回答を出すChat GPTは、コールセンターのような対人カスタマーサポートに向いています。たとえばアプリのインストールをサポートするチャットボットや、顧客の困りごとに対して適切な対応策やサービスメニューを提案できる相談業務などに応用できるでしょう。
●プログラムコードの作成
ソフトウェアのプログラミングでは、さまざまな問題が発生します。Chat GPTを活用してコーディングの際のバグの原因を突き止めたり、プログラムをより最適化させるための方法を把握したり、発生した問題を解決するためのヒントを得ることができるでしょう。
「生成AI」「Chat GPT」の導入分野と支援策
「Chat GPT」の導入が始まっている分野
2022年11月30日にオープンAIがChat GPTを発表してから、まだ8カ月ほどしかたっていませんが、その間に発表されたニュースから、まずどんな分野から「生成AI」「Chat GPT」の導入、活用が始まっているのか、少しみていきましょう。
●金融 大和証券
接客や企画立案など他の業務にあてる時間を増やそうと、全社員がChatGPTを情報収集や資料作成などの業務で活用できるようにして作業を効率化している。
●IT サイバーエージェント
ChatGPTの活用で、広告オペレーションにかかっている月間総時間約23万時間の30%にあたる約7万時間の削減を目指す。
●メディア インプレス
「PC Watch」サイト内の一部記事に「AIで記事を要約する」ボタンをクリックすると、ただちに10行程度の記事の要約文が表示される、ChatGPTによる要約機能を試験的に導入。
●官公庁 神奈川県横須賀市役所
ChatGPTを業務に試験導入することを発表。文章作成や要約、誤字脱字の確認、アイデア創出などに活用することを目指し、全庁的な活用実証を開始。
●教育機関 立命館大学
ChatGPTと機械翻訳を組み合わせた英語学習ツール「Transable」を、生命科学部、薬学部の英語授業の一部で試験導入。
海外、国内の導入動向
現時点で、海外、国内で、Chat GPTはどれぐらい利用されているのでしょうか?
MM総研が日米の企業や団体の社員を対象に調査してまとめた2023年5月末時点の「対話型人工知能(AI)『Chat(チャット)GPT』のビジネスでの利用動向調査」によると、アメリカは導入済みが51%、検討中を加えれば69%と約7割を占めているのに対し、日本は導入済みが7%、検討中を加えても12%にとどまっています。
日本は「知らない」が46%にのぼりました。さすがに現在は「知らない」は減っていると思いますが、日米の意識の違いがくっきりと反映しています。
この調査によると、日本で業務への導入が進んでいる業種・分野はエネルギーなどインフラ系、情報通信、学術研究などで、用途としては事務作業の効率化を目的としたメールの定型文の作成、情報の整理などが多くなっています。
海外、国内の公的支援策
AI、Chat GPTの導入を促進するために、公的支援策も打たれています。
海外でAI導入支援に熱心な国として知られるのが欧州連合(EU)加盟国のポルトガルで、2019年から「AIポルトガル2030(Portugal 2030)」プロジェクトを始めています。特に公的部門の行政事務のAI化と人材の育成に重点を置いています。「アメリカなどとの国際連携を深める」「科学的な論理思考や全体の構造のデザイン能力を義務教育課程で培う」「短期プログラムから大学院課程までさまざまなレベルで企業と連携した教育プログラムの提供」「高齢者、移民などの社会的弱者に対して需要に合わせた教育を行う」「中レベルの技術者を育成する」というように、一部のエリート技術者だけでなく国民全体でAIリテラシーを高めることを目指しています。
日本ではAI導入支援は補助金が中心です。特に「IT導入補助金」は、経済産業省、中小企業庁が「AI導入に使えます」と、積極的にアピールしていていて、Chat GPT導入もそれに含まれます。IT導入による業務効率化、遠隔業務の環境整備などが対象の「通常枠」と、会計ソフト、受発注ソフト、決済ソフト、ECソフトなどのITツールの補助金「デジタル化基盤導入枠(特別枠)」があり、補助金枠は最大で450万円となっています。
それ以外に「成長型中小企業等研究開発支援事業」、日本政策金融公庫融資の「IT活用促進資金」などがあります。
「生成AI」「Chat GPT」時代のエンジニアの将来
自分の職場を奪われるのか?
Chat GPTのようなAIが普及すると「いらなくなる仕事」とは、どんな仕事なのでしょうか? ここでは箇条書きで挙げていきます。
・データ入力(もっぱら「速くて正確」を求められる単純作業)
・基本的なカスタマーサポート業務(たとえばコールセンター)
・翻訳(技術文書や行政文書、ニュースなどの翻訳)
・校正(スペルミスや文法的な誤りの検出・修正)
・ライティング(特殊な専門知識や創造性を求められないもの)
・事務のルーティンワーク(定型文作成、会議の要約、報告書作成など)
・リサーチ(必要な情報を検索して報告書をまとめるだけ)
・スケジュール管理(秘書やアシスタントの業務の一部)
・市場調査(マーケティングアナリストなど)
・SNSの運用(企業からの情報発信、コメントの返信など)
もっとも、翻訳と言っても文学作品は、たとえばフランス文学ならフランスの歴史、文化、社会やフランス語の細かいニュアンスなどに通じている必要があり、それは人間でないとカバーしきれないでしょう。
秘書の仕事もスケジュール管理や翻訳や文書作成だけではなく、AIには難しい「人間力」が問われる部分があり、それをもって「優秀な秘書だ」と評価されたりしますので、企業で秘書がいらなくなることはないでしょう。
なお、AIのChat GPTの普及で「いらなくなる業務」と「人間でないとできない業務」の境界はあいまいで、同じ人がその両方の業務を兼ねていたり、若いうちは「いらなくなる業務」の比率が高くても、ベテランになると「人間でないとできない業務」の比率が大きくなることもありえます。「こんな仕事はなくなる」「あいつはいらなくなる」と、速断的に決めつけないようにしましょう。
野村総合研究所の「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究 報告書」では、「雇用の一部代替」についてこう述べています。
「仕事のすべて、つまりは雇用が奪われるのではなく、仕事のうちAI活用と比べて同じ生産性でコストが割高となる一部のタスクのみが、AIに取って代わられる」
Chat GPTについてネット上では「この仕事はいらなくなる」「こんな仕事は消える」と言われ、失業者があふれる暗黒の未来をもたらすとか、こんな資格を取ってもムダだといった論調がまかり通っていますが、本当にそうなのか、冷静に考えてほしいところです。
AIが進歩した時代のエンジニアの将来像
「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究 報告書」では、今後は「AIを導入・普及させるために必要な仕事」と「AIを活用した新しい仕事」の2種類の仕事が拡大すると述べられています。エンジニアの仕事に限定して具体的に言えばそれは「AIアプリケーション開発者」と「プロンプトエンジニア」の2つになります。
AIアプリケーション開発者とは、Chat GPTのような生成AIやそれ以外のAI技術を活用して、新しいアプリケーションやソフトウェアを開発し、それを世の中に提供する人です。開発サイドでAIの高度化を担う、狭い意味でのAIエンジニアです。
プロンプトエンジニアとは、AIを活用したアプリケーションやソフトウェアを利用して、適切な入力(プロンプト)を設計、最適化する人です。特定の業界のニーズに合わせるなど、さまざまな業務のAI導入の現場で活躍する、広い意味でのAIエンジニアと言えるでしょう。
PCのOSや、「Word」や「Excel」のようなビジネスアプリケーションで言えば、OSやビジネスアプリを設計・開発する人も重要ですが、それを個別の企業のビジネスに対してカスタマイズし、業務用のシステムを構築する人もまた、重要です。
Chat GPTのようなAIの需要が急拡大すれば、AIアプリケーション開発者も、プロンプトエンジニアも、ともに仕事が増えます。どちらがより重視され、人材が求められるかと言えば、プロンプトエンジニアだと言えるでしょう。人口的には圧倒的に多いのですが、いま、アメリカの企業社会では引っ張りだこで、年収数千ドルの高給取りも生まれています。
成長企業の業務での活用例
ナガセ(AI教育開発部の学習システム開発)
「東進ハイスクール」「東進衛星予備校」「早稲田塾」「四谷大塚」などを運営するナガセは、自社で蓄積したビッグデータをもとに、AIを活用して生徒の学力を伸ばす学習コンテンツをAI教育開発部が自前でつくっています。2023年3月期の決算説明会資料では「AIやChat GPTを活用した卓越したコンテンツ、教務指導力の進化によって、第一志望校合格率80%を達成する」と述べています。
AIを使った演習講座「志望校別単元ジャンル演習」では、生徒の学習状況や成績から志望校までの最短合格ルートを逆算し、30万問の中から演習問題を出題し、必要に応じて動画授業も提案しています。
ヘッドウォータース(対話型AI「SyncLect」)
コミュニケーションロボットアプリ開発を行い、人間と機械の音声コミュニケーションの企画・開発を行っているヘッドウォーターズは、その経験をもとにスマートスピーカ―に内蔵されるAIアシスタント開発、音声を用いた業務効率化に取り組んでいます。
対話型AIプラットフォーム「SyncLect(シンクレクト)」を開発。それをマイクロソフトとオープンAIがコラボする「Azure OpenAI Service」に対応させました。Chat GPTでも利用されている「GPT-3文章生成モデル」を「SyncLect」と連携させることで、企業のウェブシステム、スマホアプリ、チャットボットへの組み込みを提供しています。
Hacobu(物流向けアプリ開発)
物流向けアプリケーション、ハードウェアの開発・販売を行い物流DXを推進するHacobu(ハコブ)は、あらゆる部署でChatGPTを活用する社内システムを構築し、業務プロセスの改善を行うことで、全社的な生産性の向上を目指しています。また、Chat GPTの技術を搭載した「GitHub Copilot for Business」を全エンジニアに提供し、エンジニアの生産性や開発者体験の向上を図っています。
SOLIZE(「SpectA」による業務変革)
デジタルエンジニアリング企業のSOLIZE(ソライズ)は、「SpectA(スペクタ)」を提供しています。これは「組織の暗黙知」と「自然言語処理AI技術」を組み合わせ、熟練者の経験やノウハウを組織知へ変換し、ダイナミックな知恵の活用を実現する製品・サービスの総称です。生成AIのような独自の自然言語処理AIエンジン(Aspect Engine)を搭載しています。
ARISE analytics(データ分析支援によるDX支援)
KDDIとアクセンチュアによって設立されたARISE analytics(アライズアナリティクス)は、国内最大規模のユーザーデータと最先端のデータ処理・分析技術を有するデータサイエンティスト集団です。重要性が増している職種データサイエンティストにとって生成AI、Chat GPTは、決して軽視できない存在で、その利用で大量のテキストデータの分析が効率化されるので、データサイエンティストの需要も増加すると考えられます。
研究者・技術者にとってのメリットは?
人間にしかできない部分はいつまで残る?
Chat GPTの未来予測には、「バラ色の未来」と「悪夢」が両方、存在します。
自分がそんな悪夢から逃れるためには、「自分はAIにはできない、人間にしかできない仕事ができる」ことをアピールしなければなりません。
そんな仕事とは、どんな仕事なのでしょうか?
それはまず、顧客や利用者などの人の気持ちをくみ取って対応する仕事、相手の心をケアする仕事、相手の心を動かせる仕事です。つまり人間を相手に深くコミットする仕事です。また、決まった作業(ルーティンワーク)よりも、その場で「何をすればいいか?」を的確に判断するケースが多くなるような、イレギュラーな対応が日頃から多発しているような仕事です。
例を挙げれば医療、介護関係、教育関係、カウンセラー、コンサルタント、営業などです。
それとは逆に、ルーティンワークを繰り返すとか、情報を元にデータを単純に振り分けるだけでいい、人間に直接対応しなくていい、といった仕事は、遅かれ早かれ、AIにとって代わられる可能性が高くなります。もっぱら情報を正確に迅速に処理するだけの能力が求められる仕事で、それだと人間はAIにはかないません。
例を挙げれば工場の作業員、一般事務員、商店や飲食店の店員、運転手などです。
大切にされる人材、捨てられる人材
エンジニアに即して言えば、一般のプログラマーや機器のオペレーションなどはAIにとって代わられる危険がありますが、研究開発スタッフ、顧客対応の機会が多いフィールドエンジニア、システムエンジニアであればコンサルタントもできる上位職種になればなるほど、AI時代に生き残れる可能性は高くなります。
もう少し具体的に言えば、自然言語処理のチャットボットの開発者、自然言語処理エンジニア、データサイエンティスト、コンテンツ作成者、機械学習や自然言語処理に関するアプリケーションを開発するソフトウェア開発者などは大切にされて、転職市場でも引く手あまたになることでしょう。
一方、大量のデータを分析して迅速な意思決定を支援する程度にとどまるデータアナリストや、自動応答システムに置き換わる可能性があるカスタマーサポート担当者などは、捨てられる人材になってしまう危険性をはらんでいます。
自分の市場価値を高める
ここまで述べてきたことで薄々わかると思いますが、「Chat GPTのような生成AIを活用するシステムを構築できる」か「相手のふところに深く入って人間相手の仕事をうまくできる」ような技術者は、その市場価値を高く保つことができます。
たとえばシステムエンジニアであればプログラミングができるだけでは市場価値の維持は危ういでしょうが、営業担当者と組んで顧客が何を望んでいるかを的確に把握でき、部下そしてAIをうまくコントロールしながら、顧客の業務にジャストフィットし、機能性が高く、使い勝手がよく、穴がなく、永続性があり陳腐化しないようなシステムを構築できるような上位SEになれたら、市場価値は極めて高くなります。
それこそ、AIがどんなに進歩してもAIに代替されることのない人材です。ぜひ、そんな人材を目指してください。